私が開院した理由

[母がきっかけで]

人の体に興味を持ったのは今考えると母親がきっかけでした。


それは急にやってきました。

私が小学校低学年のころの話です。

楽しみにしていた遠足当日の朝、

首を変な方向に曲げながらテレビを見ていた次の瞬間。

急に首が回らなくなりパニック状態になりました。

泣きながら母親に首のことを告げると

ヨガの先生なら何とかしてくれるかも!

と遠足をあきらめ母親が急いでヨガの先生に電話をしてくれて

その先生が家にかけつけてすぐに首を治してもらいました。


何をされたのかは今となっては覚えていませんが、

回らなかった首が一瞬に回るようになり、

子供ながらに感動したことを覚えています。

それから毎週金曜日にヨガ教室に母親と通い始めました。

そのころから人の体に興味を持ちだしました。



[あれが人生の転機だった]

大きくなるとともに母親とのヨガ教室も行かなくなりました。

私は治療家になる前、専門学校の学生時分に腰痛で悩まされていました。

学生時代にやっていたバレーボールでも

ねんざや打撲を繰り返していました。

今考えると私も首やら腰やら足首やらといろいろ怪我をしてきたんですね。


しかし若いころは怪我しても不思議とすぐに治っていました。

専門学校での腰痛はそうはいきませんでした。

1月以上も痛みが取れないことはそれまで経験したことがありませんでしたので

近くの整体や整骨院、鍼灸院に行き倒しました。


しかしちょっと良くなったかな?と思う程度ですぐに元に戻るという繰り返しでした。

とにかく少しでもいいのでなんとかしてくれ。

そう思っていると友人からだまされたとおもって一度行ってみたら?

と言われて行ったことがそれからの人生の転機でした。


私の場合1度でその場ですごく楽になったので驚いて何をしたんですか?

と聞いたのを今でも覚えています。

そして専門学校を卒業した後この治療方法を教えてください!と先生にお願いして

何も知らないままこの治療法に飛びつきました。



[命の恩人が2回目の恩人に。]

私が生まれる前母親のお腹にいる時私は生まれてこない予定でした。

たまたま僕が出来てしまい母親がおろそうと産婦人科へ行くその瞬間

家の隣にある鍼灸院の奥さんが訪ねて来て合って話をしたところ、

絶対産まないと後悔するよ!

そう言われおろすことを考えやめたそうです。


恐ろしい。その一言がなければ僕は死んでいたのかと思うとぞっとします。

ぞっとするのと同時にすごい奇跡が起こったな。と関心した半面もありました。

今生きてること自体がきせきなんですね。


時がたち、学生になる前に隣の鍼灸院に相談に行くと、

どうせなら国家資格のある免許を取った方がいい!

とススメてもらい、柔道整復師と鍼灸師の資格を取りに行きました。

このアドバイスがなければ今は違うことをやっていたんだと思います。



[専門学校での暗黒のバイト時代]


私は2つの国家資格を取る為合計6年専門学校へ行きました。

大学を卒業してからプラス6年学生をしていたんですね笑

専門学校へ行っている間は、ほとんどみな整骨院や整形外科等へ

勉強もかねてバイトをします。



約6年間学生をしながら整骨院でバイトをして

カラダのことを勉強しました。


その整骨院で勤めていた時に事件は起こりました。

当時バイトをしていた整骨院に

腰痛に苦しんだ男性の患者様が来院されました。

マッサージやストレッチをしても

いっこうに良くなりませんでした。


最善を尽くしましたが全く効果はありませんでした。

その患者様は最後に



「誰でもいいからこの痛みなんとかしてくれよ!!」



その声が院内に響き渡りましたが、誰も声をかけることもなく

その患者様はイライラした様子で帰って行かれました。


患者さんの痛みが強ければ強いほど、人の体を触るのが怖くなりました。

全力でマッサージしても全く効果がない。

それは治療現場でやっている人たちだけが味わう

なんとも言えない敗北感でした。


こんなに人の痛みが取れないなら辞めてしまおう。

そう思い治療の現場から一度足を洗いました。

それから何年間インターネットや介護の仕事を経験し、

自分の無力さを痛感しました。


自分が出来ることは結局人の体を少しでも良くすることだけなんだ。

それは一度離れたからこその気づきでした。



[何回もの挫折を味わい始めた出張治療]


国家資格が取れたから終わりではありません。

実は一番大事なのは国家資格を取ってからなんです。


いかに良い治療や先生と出会えてどれだけ勉強するか。

これが本当に大事なんです。


卒業後1度全く関係のないインターネットの仕事を始め見事に失敗し、

これはダメだと思い、神奈川県で縁があった介護の仕事を1年間させていただきました。


その間、私はこの治療を習い始めたばかりでしたのでほとんど結果はでませんでした。

ですが、使わないとうまくならないのでとにかく必死で勉強しました。

しかしなかなかモノにできませんでした。


だまって10年やってみろ。

そう言われていたので、あきらめずやっていると

だんだんと人の痛みを取れる確率が上がって行きました。

介護の仕事をやめ出張治療を1年間やりました。


出張をはじめるとだんだん腰痛と五十肩が一度に治ったり、

今まで全く手も足も出なかったひどい腰痛やぎっくり腰が

よくなるなど私的には奇跡的な効果が出始めていました。


やってる本人が驚くような出来事がたくさんありました。

100%とは言わないもののかなりの確率で良くなっていかれる

姿を見れるようになりました。


やっているうちにこれは本当にすごい施術なんだ。

これは広めないといけない。

そういう気持ちの変化があったことを今でも覚えています。




[芽が出始めた出張治療]


介護の仕事がひと段落して出張治療を始める前に行ったバリでの出来事です。

何の縁なのか旅行先のバリでオーストラリア在住の某有名お寿司屋さんの女社長に出会いました。

そこで私の仕事は他とは全く違う治療をしている。

と熱く語っていると突然、ぜひオーストラリアに出張して私の従業員を治してくれ!と言われました。

私は何が起こったのか呆然としてると、あっ!という間にその社長は私のチケットやホテルの手配をしてくれました。


バリ旅行を途中で中断し、オーストラリア出張治療に切り替わりました。

これはチャンスだが、全然治らなかったらどうしよう。

少しの期待と大きな不安を抱えたままオーストラリアへ着くとさっそく治療を始めました。


するとどうでしょう。

右肩が痛くて野球ができなかった方の肩が治ったり、

杖をついてこられた老人が杖を忘れていくほど股関節の痛みがなくなったりと

小さな奇跡が連発しました。

もちろん奇跡が起きない時もありました。


そんなこんなでチケット代をだしてもらう変わりにオーストラリアに年間6回は出張する。

そんな時期が増え、その社長もニュージーランドやタイの他の社長を紹介してくれたりと、

その当時はいわゆる世界を股にかけて飛びまわっている状態でした。


しかしそうそううまくも行くはずがなく、出張先で治らなかったり逆に悪くなってしまったりと

だんだんと海外での仕事は減って行きました。


[そして開業へ]


気づくと世界へ行けているという慢心から勉強の量もすくなくなっていたんです。


このままでは世界どころか日本でも仕事がなくなる。

地元でしっかり根を生やして患者様の為にもっともっと勉強しよう。

お世話にばかりなって誰にも恩を返してない。

これからは地元で自分が受けた恩を返していこう。

そういう想いから開業を決めました。




日本でもはじめは出張専門でしたが、

少しづつ多くの方に喜んでいただけるようになり、

開業したら出張よりも多くの患者様をみてあげられるのでないか。

そういう思いから開院をさせていただきました。


いろんな事があり今に至ります。

いろんな人の支えで今仕事ができています。

恩を返す為にこれからも精一杯がんばっていきます。


長い文章になりましたが、

これが私の開院した理由です。

開院した理由以外もいろいろと書いてしまいましたが。。。


これからは

一人でも多くの痛みで困っている方を救いたい。

その一心でこれからも施術をしていこうと思います。

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